大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和59年(オ)236号 判決 1988年3月01日

上告人

多田井喜生

右訴訟代理人弁護士

佐伯仁

工藤勇治

西口徹

横山康博

被上告人

髙橋邑二

被上告人

髙橋育子

右両名訴訟代理人弁護士

松元光則

久保田嘉信

雨宮眞信

木村美隆

佐久間豊

瀧田博

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人佐伯仁の上告理由について

養子縁組無効の訴えは縁組当事者以外の者もこれを提起することができるが、当該養子縁組が無効であることにより自己の身分関係に関する地位に直接影響を受けることのない者は右訴えにつき法律上の利益を有しないと解するのが相当である。けだし、養子縁組無効の訴えは養子縁組の届出に係る身分関係が存在しないことを対世的に確認することを目的とするものであるから(人事訴訟手続法二六条、一八条一項)、養子縁組の無効により、自己の財産上の権利義務に影響を受けるにすぎない者は、その権利義務に関する限りでの個別的、相対的解決に利害関係を有するものとして、右権利義務に関する限りで縁組の無効を主張すれば足り、それを超えて他人間の身分関係の存否を対世的に確認することに利害関係を有するものではないからである。

これを本件についてみるに、原審が適法に確定した事実によれば、上告人は養親の髙橋みすゝと伯従母(五親等の血族)、養子の被上告人髙橋邑二と従兄弟(四親等の血族)という身分関係にあるにすぎないのであるから、右事実関係のもとにおいて、上告人が本件養子縁組の無効確認を求めるにつき前示法律上の利益を有しないことは明らかであり、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。なお、所論のように、本件養子縁組が無効であるときは上告人が民法九五八条の三第一項のいわゆる特別縁故者として家庭裁判所の審判により養親の髙橋一郎の相続財産の分与を受ける可能性があるとしても、本件養子縁組が無効であることにより上告人の身分関係に関する地位が直接影響を受けるものということはできないから、右判断を左右するものではない。

そうすると、原判決に所論の違法はなく、また、所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、以上と異なる見解に立つて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官坂上壽夫 裁判官伊藤正己 裁判官安岡滿彦 裁判官長島敦)

上告代理人佐伯仁の上告理由

一、原審及び第一審判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背がある。

(一) 判例違背

原審及び第一審判決は次の判例に明らかに違背する。

(1) 大審院昭和一一年一〇月二三日民二判・昭和一一年(オ)一五一三号(民集一五巻一八六五頁、判例時報五四六号六九頁以下)

右判例の要旨。

「養子縁組無効確認の訴を提起できる者は、少なくともそのいずれかの親族であるかあるいは無効確認判決により直ちに権利を得または義務を免れる地位にあることを必要とする。」

(2) 大審院昭和一四年一二月八日民二判・昭和一四年(オ)一一〇〇号(新聞四五一二号九頁、評論二九巻諸法七四頁)

右判例の要旨。

「養子縁組無効確認の訴は、養親子の一方の親戚であれば提起することができ、右判決により直ちに権利を得、または義務を免れる地位になくとも、その無効を即時に確定する法律上の利益を有する。」

なお、右判決は、「親族関係の他に特定の権利を得、または特定の義務を免れるが如き利害関係が現存することを必要とする」との上告理由に対する判断である点が重要である。

(3) 最高裁判所昭和四三年一二月二〇日二小判・昭和四三年(オ)七二三号(時報五四六号六九頁、タイムズ二三〇号一六六頁)

右判決の要旨。

「死亡した養親の子は、養親と養子の間の養子縁組無効の訴につき、訴の利益を有する。」

として、前記(1)の昭和一一年の大審院判例を引用し、踏襲している。

(4) 戦後の下級審判例においても

「養親子のいずれかの親族、若しくは縁組無効を確認することにより、直ちに権利を得、あるいは義務を免れる地位にある者」

との判示が大多数である(例えば大阪高裁判・昭和三四年七月三一日(下民集一〇・七・一六二四)、名古屋高裁判・昭和四一年二月九日(下民集一七・一―二合併号六二))

したがって原審のように「……自己の相続扶養等の身分関係上の地位に直接影響を受けるという関係にあることが必要」との限定的な見解は、他に例をみない少数意見である。学説の多数は、親族である一事により原告適格を認めるべきとする(中川善之助・親族相続判例総評二巻三二頁以下、我妻栄・親族法(法律学全集)二八六頁)。

(二) 法解釈の誤り

(1) 要するに養子縁組無効確認訴訟における原告適格については右のように大審院、最高裁判例は「養親又は養子の親族であれば原告適格を認める」との法解釈を判示しているが、結局は人訴法第二六条・二条二項は第三者が原告たり得ることを定めているに留り、いかなる第三者に限られるかについては定めていないので、それは訴の利益に関する一般法理によってそれぞれの事件ごとに決することになる。

本件の原告(上告人)は、養親みすゞとは伯叔従母(五親等)の関係にあり、被告(被上告人)邑二とは再従兄弟(六親等)の関係にあるから養親と養子との相方に親族関係があるから、右大審院判例の解釈によれば原告適格を有すること明らかである。

ところで本件では養親みすゞ、同一郎には法定の相続人はいない。そのため上告人のような関係での親族はいるが、直接相続、扶養等の身分関係をもつ者は全くいないのである。ところが相続財産があるため、相続人がいないことをよいことに、それをねらってみすゞの死期がせまった死の直前に縁組届を偽造(一郎は痴呆性のため心神喪失中)して、夜間宿直に強引に受付をさせた、という「末期養子」の典型ともいうべき事案が本案なのである。

ところが原審は本件の右のような不正事実の存否を無視し、門前払いの判断を示したわけであるが、これではまるで悪用を助長するばかりである。何故門前払いにするのか、全く納得ができない。しかも上告人を含む他の親族も「こんなに簡単に届出を偽造して養子になれる」などということは常識的に考えられないし、親戚つきあいや、みすゞの死後の供用などのことを考えるととても親族として認めるわけにはいかないという感情が強いのである。

(2) ところで縁組届の方式は、戸籍法の定めるところに従って、口頭又は書面をもって極めて簡単に形式審査だけで受理されている。そのために届出は形式的便宜的で縁組の実体を構成する「縁組意思」のチェックは全然なされずにまかり通ってしまう欠陥があり、いろいろな弊害を起こしている。例えば仮装縁組とか、死期のせまった者について縁組届を偽造して届出をするいわゆる「末期養子」或いは心神喪失中の状態を利用して縁組届を偽造する等の悪用例が極めて多いのもそのためである。

このような制度上の欠陥、運用上の弊害の実際を考慮に入れず、単にそれが「身分関係について広く影響が及ぶこと」を理由に、厳格に解決しようとする考え方は制度の実際を無視した抽象論と言わざるを得ない。むしろ制度の信用を正しく維持するためには形式的便宜主義から生ずる弊害を除去することが必要であり、そのためにはできるだけ広い範囲で不服申立を認め「縁組意思」の存否を確しかめる機会を保証することこそが法の理念に合致するところである。

特に親族としては例え相続法上直接的に権利義務に影響がないとしても、誰がどういうことで自分と親族になるか、という生活感情は極めて強いし、不正な手段で親族関係が生ずるような事件に対して、親族ということだけで是非手段を法的に保証する必要のあることは言うまでもない。

(三) 仮りに原審が言うように、

「養子縁組無効確認の判決により自己の相続・扶養等の身分関係上の地位(権利義務)に直接影響を受けるという関係にあることが必要である」

との解釈が相当としても、本件においては、その適用解釈に誤りがある。

すなわち、本件では養子縁組の無効が判決により確定すると、相続人が不存在(民法九五一条)となる。したがって、相続財産管理人を選任(同九五二条)し、相続財産は法人として清算することになるが、この場合上告人は特別縁故者(同九五八条)としての相続法上の地位を取得し得る関係にある。

なお、この権利は家庭裁判所に対する分与請求を通じて裁判所の裁量決定に服するものではあるが、法による一種の財産権上の期待権(私権)として認められている。

上告人が右特別縁故者としての地位を取得し得るか否かは、原審が言う相続・扶養等の身分関係上の地位に直接影響を受けるという関係に該当すること明白である。

本件での養子縁組が無効にならないと、上告人は特別縁故者としての地位を絶体的に失うことになる。そうすると、被上告人が一応養子とみられるため、上告人は委任契約上の返還義務不存在の前提問題としてしか無効が主張できなくなるわけで、その不利益は極めて明白である。

なお、上告人と本件の養親みすゞ、同一郎との関係については第一審長野地方裁判所松本支部昭和五八年三月一日付準備書面で詳述しているとおり、

一、昭和三四年頃から死亡するまで長い間の交際で信頼を得ていた。

二、いつもみすゞの相談相手として、生活上、財産管理上の助言者であった(一郎が痴呆症であった)。

三、両名の不動産売買、及び売買代金の管理処分を全面的に任されていた(特にみすゞからの委任)。

四、みすゞが晩年の病気の際も孤独を援助し、度々めんどうをみた。

五、みすゞは上告人の母さつき(従姉)とも交際が厚かった。

等であるから、みすゞ、一郎の特別縁故者としての資格も十分あると言える(他にこの様な親族はいない)。

これに反し被上告人らは、養親とはかろうじて顔見知りという程度のつきあいに過ぎなかったし、且つ、みすゞら死後の供養なども一切せず、全く無縁の状態にある。

ひどいのは、みすゞの死の直後から相続財産に手をつけ、定職もないのに高級車を乗り回したり、派手な消費をして親戚一同からつまはじきされていることである。

以上の事実関係を見落して、単に個別的な契約上の前提問題で無効を争えばよいとする原審の法律判断は、その適用を誤った違法があると言わざるを得ない。

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